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今月の特集

 「はじめての・・・」始まるのも始めるのも今! 

【投稿日:2011年5月 1日】

いつ見てもいいもんだ

随想 初めての…、初めての…、初めての

<最初で最後にしたいベスト1&ワースト1>

【初めての結婚式…】
まだメールが無い時代。勤務先の神奈川から都内のホテルの式場に、何度面倒な打合せに通ったことだろう。『何でこんなこと…』、最後は『ああ、面倒くさ!二度とやるものか!』この面倒クササのおかげでまだ結婚が続いているのかも(?)
   結婚絡みでもう一つ…
【初めての婚姻届保証人】
婚姻届の保証人になったのは生涯一度。当時部下の女の子から『保証人の署名お願いします』と頼まれた。一応『俺でいいのか?』と聞くと彼女は冗談めかして『シャチハタでない印鑑をお持ちですから…』。
この話には続きがある。その夜、古い友人と酒を飲んだのだが、彼から突然『離婚届の保証人署名頼む!』と。離婚の話も突然だったが…
婚姻届も離婚届も保証人になったのは後にも先にもこの一度きり。それが長い人生のたった一日の出来事とは。


<人生長けりゃいろいろあるさ>

【初めての管理職…】
まだ若かりし頃、管理職への任用が決まった日、サラリーマンとして何となく一人前になった気がして正直嬉しい気がした。しかしその後…、収入は実質下がるし、仕事は増え、あちこちからの文句が増え、責任は格段に重くなり…。「なんで管理職なんかになったのか」と返上を真剣に思い悩んだことも懐かしい

【初めての海外渡航…】
35年以上前、シンガポールへの出張。緊張と不安を抱え一人成田を離陸。途中、台北・香港を経由して10時間以上かかったが(直行便もあったと思うが)、途中からシンガポール航空のスチュワーデス(当時はこう呼んだ)がオフで隣に乗り込んできて盛り上がり、大変楽しいフライトとなった。そのせいか一ヶ月に亘った出張は順調すぎるほど順調にことが運び、幸運の女神かも、と印象深い出張だった。

【初めてのゴルフ】
本コースの前にみっちり練習場でしごかれ、ショートコースに何度も通わされアプローチの練習。ようやく「まあ良かろう」と認めて貰い父親に初めてのラウンドに連れて行って貰った。楽しむなどとは程遠くマナーやルールなど厳しく指導されながら無我夢中でラウンド。上がったスコアは何んと「98(50・48)」。正直『何だゴルフってこんなものか』と舐めてしまった。以来40年、続けているが100を切ったのはこの時入れて3回しかない。今では120の声も…侮るとこんなことに。
                                        



《 はじめてと言えば、こんな想い出もありましたっけ 》 【5/11投稿】

「ギンリョウソウ 色に染まぬは わが想い
 紅もささずに 君を待つ日々」   

はじめてギンリョウソウ(銀竜草)に出会ったのは数年前の上高地でした。
三人で歩いていた山道で先頭が奇声をあげました。
二人が駆け寄り、そこで見たものは銀白色の花ともキノコともつかない変わり物の植物(腐生植物)でした。
別名「ユウレイタケ」と呼ばれているようですが、私には、ほのかな光の中で紅一つささずにたたずむ妖精に見えました。
さすがの無粋な山男も、この健気な姿を見たら、しばし詩人の魂を呼び起こしたに違いありません。
鮮烈なイメージとして今も心に深く刻まれたはじめての体験です。
                                          (とみさん)

始めてはみたものの 【5/26更新】

 「街の生きがい便利屋」を始めて1ヵ月が経ちました。
「地域のことは地域で解決」という民間からの「新しい公共」を提言したつもりです。
難しいルールは決めず、ともに支え合う力を復活させるのが狙いです。
早くも6件の依頼がありました。
庭の手入れ、家周りの掃除が思うようにできないことを気にかけていらっしゃるお年寄りが多いことに心が痛みました。



<はじめました「街の生きがい便利屋さん」> 【5/18更新】

みんなで「気持ち」を出し合いましょう♪

近所での助け合い精神で活動する「街の生きがい便利屋さん」をはじめました。
ちょっとした御用聞き感覚で解決する便利屋さんです。
利用者さんにはワンコイン(500円/30分)負担してもらうだけです。
お手上げになったら、ちゃんと専門の人を紹介する橋渡しもします。
震災を機に、隣近所のつながりがいかに大事かを思い知らされました。
人の支え合う気持ちを引き出すことを目的としていますから、儲けはありませんが、その何倍もの力を送り出しています。
こんな便利屋さんが街にあったら安心して暮らせますね。


「ちょこボラから始めよう」

未曾有の大地震の被害を見るにつけ、人の無力さに打ちひしがれてしまいます。
その支援部隊の一翼を担ったのがボランティアです。
でも、きまぐれに手助けされては、かえって足手まといになるという皮肉な話も耳にします。
先日、とある講座に集まった中年の女性5人グループは、目を輝かせて「何か社会のお役にたちたいと思うのに、何をしていいかわからない」と訴えてきました。
地域デビューを狙っている男性も、せっせと生涯学習の場に通っています。
でも、いきなりボランティア精神に目覚めても、回数を重ねていくと、結構、お財布を圧迫しますし、同じ働きでお金をもらって仕事になっている人を見ると、突如、矛盾を感じたりします。
そこで、まずちょこっとボランティア「ちょこボラ」から始めませんか。
身近で気軽に始めたことが長い年月の力となって蓄積されれば、遠大な計画をもって息切れした行動よりもずっと意味があります。
近所に元気なお年寄りが集う生きがい対応型のデイサロンはありませんか。
そこで、麻雀のメンバーが足りない時に重宝がられますよ。
手作りの食事を作るお手伝いは主婦にはうってつけ。
それが「ちょこボラ」です。
さあ、明日にでも勇気を出して!

こんな本まで

パソコンなんて怖くない(小さなパソコン教室から)

 シニアがパソコン教室のドアを開くのはどんなとき?
「ボケ防止になりそうだから」
「子供がパソコンのお古をくれたので」
「孫とメールで触れ合いたい」
「インターネットで色々なホームページを見たり、買い物をしたい」
「趣味の会の名簿を作ったり、会計をしなくちゃならない」
「きれいな年賀状を作りたい」
「デジカメで写真を楽しみたい」
「パソコンを覚えたら、生活が潤いそう」
(パソコン教室に入られた人たちの最初の授業でのお話)

きっかけは色々ですが、みんな最初はとても心細そうです。
「私にもパソコンを覚えられるかしら?」
だれでも、最初はちょっと怖いもの。下手に触るとパソコンを壊してしまいそうだし。
でも、思い切ってドアを開いた人の勝ち! 心細そうな顔も、やがて、素敵な笑顔に変わります。開いたドアの向こうで、きっと新しい小さな世界がスタートしたことでしょう。

始めはおずおずと
今ではさくさくと

無用の長物同志をひっつけよう!(現代版60の手習い)

■下手な絵がきっかけ
50歳後半から絵を習い始めた。何枚か描いていくうちに困ったことがおきた。一向に上達しないだけでなく、描いたキャンバスが溜まりはじめる。3年間で20枚くらいになっただろうか。その点ピアノは良いと思った。いくら下手でも後に残らない。これがピアノを始めるきっかけとなった。
■初めてのピアノ
 結婚したときワイフが持ってきたピアノが娘に引き継がれ、娘が家を出た後は無用の長物となり居間に鎮座していた。浅はかにも会社をリタイアした後の自分を考え「無用の長物同志をひっつけよう!」と思った。
ヤマハの大人のピアノ教室に通い、先生(女性)の手ほどきを受けた。最初の練習曲はリチャード・クレイダーマンの有名な「渚のアデリーヌ」だ。
入門者用に編曲されたごく簡単な曲だが弾きながらしびれた。
■ピアノ演奏曲
1年後には大胆にもピアノ演奏発表会に出場した。曲はモーツアルトのピアノソナタK..331。怖さ知らずで何とか弾けたと思った。
それからクラッシック、映画音楽(太陽がいっぱい、ゴッドファーザー等)、シャンソン(愛の賛歌、バラ色の人生等)いろいろな曲に挑戦した。
2年前の発表会では演奏の途中、頭が真っ白になり、手が止まった。心配した先生が舞台のソデからお出ましをいただく失態をしでかした。
■10年続いているが最近は進歩がないことを自覚している。週に2~3時間の練習だからこんなものかと思う。しかし、下手なピアノの音色でも喜びを感じる。老化防止のためにももうしばらく続けたい。

発表会でゴッドファーザー演奏

はじめての給料で買ったもの

 

 半世紀以上も前の話になりますが、私は小さい頃から電気いじりが大好きで、乾電池やベル、モータなどを作って遊んでいた少年でした。勿論、就職先は夢にまで見た電気会社でした。当時はラーメン、週刊誌が30円の時代で、社員食堂はもっと安くて、かき揚げそばが15円、ご飯は5円プラスすると大盛になり、食欲旺盛な若者の腹を満たしてくれました。
 その頃は、白物家電のブームで冷蔵庫・洗濯機・電気釜が作れば飛ぶように売れた時代でした。また、ラジオは真空管からトランジスタの時代への転換期で、製造ラインでは若い女性が肩を並べて組立作業をしていました。私も実習でそのラインに1週間お世話になりましたが、好きな機械と若い女性に混じって仕事ができる会社って本当に楽しい所だと思いました。
 最初にもらった給料は1万数千円と記憶しています。それで買ったのがトランジスタラジオ「ヤングセブン」です。価格は覚えていませんが、きっと財布を開いた時は、社会人として一人前になった晴れがましさで胸が躍ったことでしょう。(「ヤングセブン」はペットネーム)
嬉しくて寝る時も布団の中に持ち込み、音を小さくして、いつまでも聴き入っていたことを想い出します。
初月給で買った忘れられないラジオです。

はじめての二人旅

 2008年の春、東京国立博物館で2体の仏像に出会いました。
平城遷都1300年記念「国宝薬師寺展」の超目玉、日光菩薩月光菩薩です。
高校生の時に奈良で見ているはずなのに、今一度の出会いは格別なものがありました。
その折、NHKが番組で取り上げましたが、なんとタイトルは「はじめての二人旅」という何とも人間味あるフレーズでした。
薬師寺のお坊さんに頭を下げられ、はじめて二人で巡業に出た菩薩の健気さに心を打たれました。(同行者には不謹慎をなじられましたが)
薬師寺金堂からはじめて外の世界を見た2体の立像は、真の意味で人の安寧を願わずにはいられなかったことでしょう。

月光菩薩立像 日光菩薩立像 
  上野の森に薬師寺がお引越し
  菩薩の魅力に長蛇の列

初めての第九。まさに「まさかこの私が…」

 年末恒例行事として演奏される(但し日本だけですが)、ベートーベン作曲交響曲9番「合唱付き」。フル編成のオーケストラと合唱による壮大で難しい大曲、この演奏に私が加わるとは…

【第九へのきっかけ…】
事の起りはある先輩と飲んだ席で、「今度、藤沢市制70周年記念で第九のメンバー募集しているがやってみないか?」との誘い。「一生に一度位やってみたいな」とそれとなく思っていた気持ちに、酔いが手伝い甘い判断でOK。即エントリー。
それから毎週日曜日の午後3時間の練習が20週間にわたってスタート。

【始めてみると…】
初めはズブの素人ゆえドイツ語の発音も音程も、何より譜面を追っていても何処をやっているのか分らなくなるほど…。大変なところに来てしまったというのが正直な気持ち。しかし指導される伊集院先生の励まし、めげそうな気持ちを救ってくれる上に、練習といえども200人以上が合わせて歌う響きは快感。2回、3回と重ねるごとに分らなかった発音が、音程が少しづつわかるようになると面白さが加わり、気がつけば20回の練習に殆ど参加、ついに本番へ。

【いよいよ本番】
 当日は藤沢市民会館大ホールが1200席満員札止め、100人を越すオーケストラに、280人の合唱。いよいよ第4楽章、舞台上で緊張感と高揚感に酔いながら思い切り練習の成果をぶつける。演奏した全員が自ら感じたほど張りのある響きに陶酔しつつ完奏。途端に沸き起こり鳴り止まぬ拍手に.達成感と満足感、感動を体で感じました。

【終わってみて…】
今は、もうこれ以上の感動は第九では得られないかもしれないなと言う思いですが、と言いつつ、また感動を味わいたくてどこかで歌うのかも。
そうしてみると、全国いたるところ、勿論この湘南でも毎年(藤沢は2年に一回)市民による第九が演奏され、メンバー募集しています。
現役時代はチャレンジ出来なかったことも、「何でもやりたいと思ったことは始める」ことをシニアの特権と活かし、是非あなたもチャレンジしてみてください。 

練習だってこの人数
リハーサルにも緊張がみなぎる
圧巻の本番

担当者:it